清水 靖子 (ベリス・メルセス宣教修道女会)

導入
  2011年3月11日以後、世界の歴史は大きな曲がり角に入った。というより、曲がり角を曲がらなければならない時代に入った。日本各地から、民衆の大 きなうねりが、原発の廃絶に向けてしっかりと湧き上がってきた。一方で、それを止める大本営(政府・原発関連企業・省庁・マスコミ・御用学者)の力はあま りにも大きくて、その闇は深い。

原発問題と私のかかわり
  1980年に、ミクロネシアに日本のメルセス会から派遣されたとき、まさに日本の原発から出る「放射性廃棄物の海洋投棄計画」を説得しようと、日本政府 団が島々を回っていた時期であった。これが私の原発問題への関わりの始まりとなった。岸信介、中曽根という大物政治家が画策にやってきた。 科学技術庁からの役人と科学者も、「核のゴミは安全」「日本は地震火山で核のゴミを貯蔵できない」と言っては住民に迫った。住民は怒った。「海は私たちの 母です。生命です。核のゴミ捨て場ではない」「そんなに安全なら東京湾か皇居に捨てなさい」「そんな地震火山地帯なら、なぜ原発を建てつづけているの?」

  住民の抵抗は強く、私もその一端を担った。そうして13年をかけて、原発トイレ強行計画を破棄させるのに成功した。この日々を通して、私は、“目からう ろこが落ちる”ような、いろんなことを学んだ。金と権力とウソと、真実のヒタ隠しと脅しの上に成り立つ、原発の暗闇についてであった。

2011年の8月9日
  NHKは、「原爆投下 活かされなかった極秘情報」という特別番組を放映した。原爆投下から66年目のその内容を見て、私は愕然とした。知らなかった! またまた“目からうろこ”が落ちた。何と大本営は、ティ二アン島での米国による原爆投下準備も、当日の朝の動きも、通信暗号によって察知していたのであっ た!しかし、その情報は握りつぶされた。空襲警報さえも発動されず、何も知らない広島・長崎の住民は悲惨な死をとげた。「せめて防空壕にでも入っていた ら?!」と私は思った。いったい大本営は何をしていたのか。折しもその日々開かれていた御前会議において、指導者たちの関心事は、終戦へのあり方と、どう したら戦犯にならずに済むかなどに腐心していたのだという。

66年を経た今、3・11の破局後も・・
  事故隠し。原発を存続させるためのあらゆる画策。政府は、東京電力への責任と罪も問わず、事故の尻拭いを、国民からの増税と、電気料金の値上げによ って賄わせる法律さえ成立させた。
  「どうして放射能の雲が襲ってくる風下を教えてくれなかったの?」「外で水の配給を待ち、雪かきをしていたところを、放射能雲がとおりすぎていったので すよ。」「私たちは棄てられた、棄民、ヒバクシャとなりました。」「国は国民を守ってくれないことを知りました」
福島の人々の怒りと無念は、私たちを揺さぶり続ける。
  あの超高濃度の放射能の雲が、風向きを変えて住民を襲った3月15日や、21日から23日の放射能の事実も、大本営は知りつつ住民に知らせなかった。事 故処理の報告書は、黒塗りで提出され、放射能については、「健康に害のあるレベルではない」との誤魔化しがまかり通って今に至る。

大本営がヒタ隠しにすること
  その中に、あの原発事故が、実は原発の脆弱性によるものであり、地震によって(津波が襲う前に)、すでに格納容器や細管の一端が破損し、それによる冷却 材全喪失という事故となったこと。少なくとも特に2号機について。3号機ではプルトニウムが燃料に使われていたこと。使用済み燃料プールのプルトニウムが 四散したことなどがある。この真実は、告発する科学者たちのお陰で、私たちがやっと知ることができている。

原発のウソ
  まして以前からのキャンペーン、「原発を止めると電気がまかなえない」「原発は最も安い発電方法」「原発は地球温暖化を防ぐ発電方法・・」などのウソ は、止まることを知らないコマのように、マスコミにnoって未だに繰り返されている。一基の原発が日々生み出す死の灰の量が、広島原爆の4発分にもなるこ となどは決して人々には知らされていない。

  カトリック正義と平和協議会「原発問題リーフレット作成チーム」の私たちが、3・11に先立つ1年前から、リーフレットづくりを開始したときに、最も力を 入れたのは、まさにこの原発の「ウソ」を、真実の資料にもとづいてわかりやすく説明することであった。監修は最も信頼できる原子力問題の科学者小出裕章さ ん(京都大学原子炉実験所)に依頼した。彼は渾身の力でそれに応え、1年をかけて、B3の裏表に濃縮された内容づくりに尽力された。かくしてリーフレッ ト、『原子力発電は“温暖化”防止の切り札ではない!地球上の生命環境にとって最悪の選択・・』の初版が2010年末に生まれた。「カトリック教会がこの リーフレットを出すことは、皆さんの意図を遥かに超えて大きな力をもたらすものになりますよ。」と小出さん。「ほんとうかな?」と思った私たちリーフレッ ト・チーム。しかし発行後は、カトリック内外から注文の殺到と、3・11以後の注文の殺到に、小出さんの予言が的中したことを知った。現在11万部の発行 に及んでいる。英訳も開始されている。

日本カトリック司教団による「いますぐ原発廃止を」 のメッセージ
  2011年11月8日、日本カトリック司教団は、「日本に住むすべての皆様へ」「日本にあるすべての原発をいますぐに廃止することを呼びかけたいと思います」とのメッセージを全会一致で採択し発表した。これは大きな出来事であった。 いろいろな呼びかけのひとつの声として2011年9月19日の6万人を越える「さよなら原発」大集会での、福島からの声、武藤類子さんのメッセージも引 用したい。「人類は、地球に生きるただ一種類の生き物にすぎません。自らの種族の未来を奪う生き物がほかにいるでしょうか。」「ひとりひとりが、本当に本 気で、自分の頭で考え、確かに目を見開き、自分ができることを決断し、行動することだと思うのです。ひとりひとりにその力があることを思いだしましょ う。・・原発をなお進めようとする力が、垂直にそびえる壁ならば、限りなく横にひろがり、つながり続けていくことが、私たちの力です。」

2011年のクリスマス
  私たちキリスト者は、「原発をいますぐに廃止する」ことに呼ばれている渾身の応えを誓いたい。汚れてしまった悲しみの大地に立って、汚染を担わせてしまった子どもたちに向かって許しを請いながら・・
イエスが今生きておられたら・・どのような行動をなさるのだろうか?その問いに応える次の祈りをつくってみた。

「3・11以後のイエスへの祈り」

「私たちは絶望と傷心と癒されぬ心の傷を負って生きています。
その悲しみのなかで、復活されたイエスは私たちに
イエスの霊の促しを与えておられる。

悪霊と対決して人々を、解放したイエス。
その悪霊は、“レギオン”。
レギオンとは軍隊、集団として人々を死に赴かせるもの。
悲しみから、希望へと人々を解放したイエス。
疲れた人に寄り添って、疲れを癒させたイエス。
金儲けのための組織化された神殿での利権組織や、
御用学者や、御用宗教指導者に徹底的に怒り、対決し、
死んで行ったイエス。

イエスは弟子を派遣するにあたって、「狼の中に羊を送りこむようなもの」
「羊の衣を纏った狼に気をつけなさい」という言葉を添えられた。
イエスの弟子として生きることは、烏合の衆として生きるのではなく、
ひとりひとりの答えとしての未踏の道へチャレンジをすること。

私たちの信仰宣言は、そのイエスの神とともに生きること。
イエスとともに解放を生きること。

イエスの神は、森羅万象と共にある神。
生きとし生けるもののなかに、受肉され、
苦しむものに寄り添ってともに苦しむ“脆い神”。
放射能で汚染された大地で、苦しんでおられる沈黙の神。
どうぞ、私たちをお許しください。

せめて、私たちが、イエスの道を歩めるように、
私たちを拘束している不正義のシステムから、
未来の子どもたちを解放するために、
あなたの智恵と霊をもって立ち上がっていくために、
私たちにも、寄り添ってください。 アーメン。」